袴田さんとの剣客ゾロサンネタ

 酒瓶を持ち上げたらたっぷと音が聞こえた。だがそれを言えば、この雨の中でそんな音聞こえるわけねェだろと、隣で雨止みを待つこの男は返すに違いない。ゾロは残り少なくなった酒瓶を雨にかざし、あと何口分あるかを目測で考えることにした。
 江戸の町は、近年稀に見る豪雨にみまわれていた。今朝方しとしと降り出した雨は昼過ぎには様子を変え、夕刻を過ぎた今、滝と見紛うほどの大雨に成長している。
「あー‥湯浴みしてェ」
 ぼそりと聞こえた声に視線をやれば、声の主はぼんやりとした表情で天を眺める。男にしては薄色な肌に、雨のせいもあってか寒いのかと聞いた。
「違ェよ。この状態全部ひっくるめて湯に浸かりてェんだ」
 男、サンジは不機嫌に顔を歪めて自身の脚を叩く。泥と土に塗れたその脚は、もう少し伸ばせば雨に打たれて洗い流せるのではと思わせるほど長い。先ほどのサンジの言葉に、確かになと、ゾロは頷いた。
 川の氾濫を防ぐため、土嚢による堤防作りに参加せざるを得なくなったのはゾロのせいではない。昨日茶屋で出会った小生意気な旅の娘に、サンジが懐いてしまったのが原因だった。その娘は今日の雨のこと、しかも昼過ぎから強くなるということまで予言し、自分は天気を読むことに長けているのだと臆面もなく笑った。それが的中した今日、件の茶屋で再度顔を合わせた娘は言ったのだ。あんたたち男でしょ、手伝いなさいと。娘は江戸の町になにか恩があったわけではなく、また特別な思い入れがあるというわけでもないらしい。ただ、一緒に旅をしている男が茶屋の団子を全部食べてしまったから、とは言っていたが。そんな経緯で、泥と雨と汗の三拍子。サンジが湯浴みをしたいとこぼすのも無理はない。
「雨があるじゃねェか」
 ゾロもひどく単純なもので、こんなにひどい降り方なのだから雨に打たれれば少しでも身綺麗になるのではないかと、思って口にした。
「風邪引くだろーが」
「風邪だァ?」
「てめェなんかと違って繊細なんだ、おれは」
 確かにゾロの野侍のような考え方もいかがかとは思うが、サンジの言い方も言い方。サンジはこの時代にしては珍しく女尊男卑な考え方をする人間で、男に対しての言葉所為はすべてが憎たらしいほどだった。もう幾月か前になるが、出会ってすぐの二人が死闘を繰り広げたのは言うまでもない。それでも、一緒にいるうちにその憎たらしさの中にある芯の強さだのなんだのが見えてしまえば、ゾロがそれを受け入れるのにもそう長くはかからなかった。ゾロが人を見るのはひとつだけ、折れないものを持っているかいないかだ。
 それにしても、なぜこの二人が一緒にいるのか。平たく言ってしまえば互いの利害が一致したからなのだが、その話はまた次の機会。
「寒ィ」
 ぽそりと呟いたサンジに、やっぱり寒いんじゃねェか、ゾロが言う。サンジはむっと顔をしかめ、寒くねェなんて言ってねーよと、また小憎らしく答えた。そしてそのまま立ち上がると、ゆっくりと寺の中へ消えていく。現時点で贅沢に使える金を持ち合わせていない二人は、荒寺を勝手に拝借していた。最初、サンジの機嫌もそれはそれは最悪であったが、だったらその辺の草っぱらで寝ろとゾロが言うと、しぶしぶそこへ落ち着いたという経緯がある。荒れてはいるが雨風凌げる屋根のついていることを、今では有り難いと思っているらしい。二人ともとんだ貧乏侍だ。
 ゾロも緩慢な仕草で腰を上げると、サンジの後を追う。古びた堂の真ん中でサンジは大の字に寝転がっていた。ゆっくり細く息をしている。
「おい」
 近づいて声をかけるが返事はない。寝ているわけでもないだろうに。じっと黙ったままその姿を見ていると、ようやくサンジが上体を起こした。
「ンだよ、見てんじゃねェよ」
「なら返事くらいしろ」
「なんだとてめ、‥っ、げほっ」
 起き上がった反動なのか、喉を詰まらせたように噎せ、続くように喧々と咳き込む。すぐに止まないそれに、ゾロは眉を顰めながらも膝を折った。
「おい」
「う、るせ、‥‥クソッ、マリモのっ‥胞子が‥!げほっ」
 憎たらしいが言っている場合ではない。しかし背に手を当てて摩ろうものならひどく剣幕に怒ることをゾロは知っている。以前それで、止まる咳が止まらなくなったことがあった。だからゾロはただ咳が止むのを待つ。サンジがゆっくりと呼吸を整えれば、話はいくらでもできるのだ。
 静かな堂にサンジの咳が響き、じんじんと空気を揺らした。その咳が止まると喉奥から息が漏れる低い音がし、サンジはこくりと唾を飲む。喉元に目線をやっていたゾロは、喉が揺れると同時、自分もごくりと唾を飲んだことに気づいた。まだ幾分か揺れている空気の中で、ゆっくりとサンジに手を伸ばす。サンジはと言えば、やっと整った呼吸に規則正しく肩を上下させ、伸びてくる手に気づくと軽く押し戻した。しかしゾロはお構いなしにその手を掴む。逆の手に持っていた酒瓶を床に置き、いや、すぐに倒れた瓶を見れば置いたという認識はないのだろう。放った酒瓶は、瓶底を軸にごろりと鈍い音を立てて半回転した。空いた手はサンジの肩に触れる。
「何考えてやがる」
 言いながら、重力とゾロの力に逆らえずそのまま床に背を落とした。睨みつける光なんぞものともせず、ゾロの頭がゆっくりと落ちる。サンジの喉元に生ぬるい感触が走った。舌先と歯が、もどかしく首筋に食らいつく。



誰か続きを書いてください。






袴田さんとの剣客ゾサ妄想の末だけど剣客とかまったく関係ないただの野侍の話になってるのがもう‥‥