居酒屋のゾロサン


 冷酒の中瓶の地酒は、升に乗せた一合グラスで出す。グラス出し故、頼まれた地酒の種類を確認してもらう意味を含め客の目の前で一升瓶からグラスへ注ぐのがうちの店のやり方だ。


「いらっしゃいませー」
 今日も繁盛。忙しいと体は疲れの信号を出してくるが、心には十分な栄養。普段は厨房での調理を担当してるおれだけど、ホールのバイトが少なくて駆り出された。おれの横を忙しそうにすり抜けたコビーは両手に中ジョッキを二つずつ。
「あ、サンジさんっ」
「あ?」
「六番テーブルに新規三名様で、生二つに加賀鳶一つです」
「おう。了解」
 小皿に箸、おしぼり。三人分のお通し。酒用の升とグラスを手際良く木の盆に乗せてから、冷やしたジョッキを取り出して生ビールを二つ作る。泡と液体の配合も美味そうに見せるテクニックの一つ。料理は視覚にも気を配れ、昔ジジィに叩き込まれた言葉だ。良い具合に格好のついた生ビールを二つ乗せ、奥にあるドリンク用の冷蔵庫から加賀鳶(日本酒)の一升瓶を取り出す。更に重さを増した盆を持ち上げ、教えられた六番卓へと急いだ。
「いらっしゃいませ」
 そこには男三人。何だレディはいねーのかと思っても顔には出さないのが接客業のプロフェッショナル。本職は調理師じゃねーかってツッコミは却下。
 たまにいる、男だらけで飲みに来てナンパ目的で従業員のレディに声かけるタチの悪い客。しかしどうやら、今回は違うらしい。中の一人は腹減ったとか喚いてやがるし。
「こちらお通しになります」
 箸だの何だのをそれぞれの前に並べてやって、生ビールに手を掛ける。ガキっぽく腹減ったと繰り返す男に長い鼻のこまめな男。それと、一人無口なオヤジくせぇ野郎。おれの予想からいって、生は前者二人だろう。残念、実は一番ガキっぽいやつが辛口日本酒──‥なんつー展開はなさそうだ。
「生、こちらでよろしいですか?」
「おう、どーも。おらルフィ、ってもうカラじゃねェか!」
「だってよぉ〜、腹減ったんだもんよぉ〜」
 お通しの豆腐餡かけを早々に平らげたそいつは、おれを見ると満面の笑みで注文いいかと聞いてきた。邪気のないその顔に思わず頷きそうになるものの、まだ最後の一仕事が残ってる。
「少々お待ち下さい」
 このオヤジくせぇ男におれ様自ら酌してやんなきゃなんねーんだよ。
 赤と黒、漆手触りの升の中央に一合グラスを置いた。こちら加賀鳶になりますと、瓶のラベルを見せて相手に確認を促す。あとは少し溢れさせるぐらいに酒を注いでやるだけ。
 注いでやる、
 だけ‥


「………っ、」


 不覚…!


 おいおいおい、冗談じゃねーぞこの野郎。蓋が堅くて取れませんってなどーゆーことだっ。誰だ最後に蓋した奴は、って、‥こんな馬鹿力ジョズしかいねぇ。
「あー‥少々お待ち下さい」
 さっきの台詞を再度口にし瓶だけを持って立ち上がった、途端、
「っ、ぉぁ、」
 何かに引かれカクンとバランスが崩れる。見れば男が瓶底を掴んでこっちを見てた。
「えっと?」
「開けてやるよ」
「あ?」
「開かねーんだろ?貸せ」
「いや、」
「あー兄ちゃん兄ちゃん、こいつ馬鹿力だからよ」
「馬鹿力で馬鹿だぞ、ゾロは」
「うるせーな」
 二人に小馬鹿にされながらもすぐに瓶の蓋を開ける。ポンッといった軽やかな空音に、おれはやつの顔を見た。人が苦戦したそれを軽々こなされて悔しい反面、レディは男のこーゆー動作に弱いんだろうななんて思う。おれでさえちっとばかしときめいちまった。いや、……冗談。
 ほらよ、そう言って渡された瓶を抱え、思い出したように仕事にかかる。瓶口をグラスの縁に押し当て、蓋を開けてもらったのは事実だから規定より少し多めに注ぎ零してやろうとか、朧に考えてた。
「なぁ」
「は?」
「やってやったんだから、多めに零せ」
 濡れた声音、笑った顔があまりにもエロ臭くて、何をだよと思わず叫びそうになった。
 顔が熱いのは、気のせいだ。






ゾロは八海山の本醸とか加賀鳶なんかが好きなんじゃないかなって思った。