心意気だけでマフィア(ゾロサン)

グラナダの詩



「行きてェなァ」
 蚊の鳴くような細い声の後、ベッドが軋んだ。古めかしいその音に目を向ければ、ベッドの上に仰向けで寝転ぶサンジが映る。咥え煙草の灰はひどく危なっかしく、針の先ほどの緋色が鈍色を増やしていく様をゾロは眉を顰めて見た。そんなゾロの視線はお構いなしでサンジは同じことをもう一度呟く。行きてェなァと、先ほどよりも声を大にして。
「どこへ」
 聞いて欲しそうにしていた、だから聞く。この男に対する行動の端々が日を追うごとに甘くなっている。そんなことを思いながら、気づかれないように小さなため息を零した。しかしサンジはそれを目ざとく見つけ、まだ言ってもねェのにそれかと、知りもしないため息の理由に憤慨したらしい。だがゾロの方も特に答えることはせず、ぼんやりと煙草の煙に目を走らせる。
「聞いてんのか」
「だからどこへだっつってんだろ」
 不条理な怒りを露にするサンジに、ゾロの僅かばかり眉根に拵えた渓谷が深まった。サンジはサンジで、その、まったく思い違いの理由で歪んだゾロの表情を見て同じように顔を歪める。そして不機嫌な感情を隠すことなく、グラナダ、やけっぱちに言った。
「あァ?」
グラナダ。コンクリートとなんかキスできるかよ」
「なに言ってんだ、てめェは」
「アンダルシア知らねェのかてめェ」
 まったく噛み合わないやり取りなんていつものことで、喧嘩腰もいつものことだ。大して広くもない安っぽい部屋は二人の距離をそう取ってはいない。手を伸ばせばすぐに届く。毎度のような殺し合いがすぐにできる距離。だけどそれをしないのは、その距離が理由でもある。二人きりでこんな距離滅多にあることじゃない。そのつもりで、サンジ風に言うなら "このクソ安い古びたモーテル" に二人で入ったのだから。
 ゾロは仰向けのサンジへ近づき、きんきらの髪を見下ろした。視線を煙草の鈍色へ固定したまま、だからあの葬儀屋みてェなのかぶってんのかとサンジに言う。
「‥‥知ってんのかよ、てめェが」
 含みのあるゾロの返答に幾分驚きを見せたサンジだったが、葬儀屋なんて単語に気分を害したのか、少し間を空けたあと拗ねたような声音でボルサリーノだと返した。それでも、コルトは金庫の中だとゾロが言ってやれば、不機嫌に歪んだ表情は簡単に和らぐ。不機嫌にさせるのも機嫌を取るのも大分慣れてきた。躊躇いもなくころころと変わるサンジの表情にゾロはただ安堵し、同時に息苦しくもなる。
 ゾロの無骨な指先がサンジの髪に届くまで、こんなにも時間を要するようになったのは遠い過去ではない。愉しむことを覚えた二人に、子どものような性急さは影を潜めた。それは決してマイナスではなくて、それでもプラスと言えるほど大人になりきってはいない。ただ、こうしている時間さえ愉しむことができるようになったのは、馴れ合いだとか簡単なことじゃなくて、と、だいたいそこまで考えたりすると二人ともその先はどうでもよくなる。頭で考えるのは性に合わないし、そこまで考えが進んでるときにはすでに指先がどちらかに触れているのだから。
 お互い分かっていることだ。時間は無限ではない。少なくとも、今は。
「スタッガーリーか」
「バカ言え、シャーク団だろ」
 煙草の灰は、まだ落ちない。





初マフィア。マフィアというとマーシーのアンダルシアに憧れてしか出てこないのでこんな感じになるです。ブレイカーズもブルハもどっちも好きです。それにしてもゾロシアとサンジーノという名前では書けない(恥ずかしくて笑っちゃう)事実に直面しました。くそくそっ!