ついったお題(ゾロサン)

ゾロサンには『攻めが空腹で、受けが泣く、バトル要素有りな話、アイスクリームを登場させるべし』と言うお題が出されました http://shindanmaker.com/10416
サンジを泣かせるのはゾロだけということですか

 ポケットの中でちゃりりと小銭が跳ねる。50円玉がひとつと、5円玉がふたつ。ゾロの目指す先は学校のすぐ脇にある駄菓子屋だ。もう夏も終わって秋、じきに冬がくる。冬がくると季節限定販売のアイスクリームは店頭から姿を消す。甘いものに興味のないゾロが、唯一剣道帰りの楽しみにしていたアイスクリームは季節限定だった。
 いつもより慌しく、ばたばたと息せき切って店内に入ってくるゾロを初老の女性店主は穏やかに見つめる。アイスケースを覗き込み、お目当てのパッケージを見つけた。最後のいっこ。ケースを開けて手を突っ込むと、ひんやりとした冷気が腕を包む。
「もうそれが最後だよ。はい、60円」
「おう」
 彼女はゾロが何を買いにきたのかわかっていたようで、商品を見る前に値段を告げた。ゾロはケースのふたをがらがらと閉め、店主に金を渡す。50円玉ひとつ、5円玉ふたつ。彼女の手に落ちたと同時に、後ろから声がした。
「だとよ、チビナス」
 それは落ち着いた大人の声で、ゾロが振り向くと奇妙な髭を持つ男だった。隣にはゾロと同い年くらいの男の子がいる。ゾロの手元のアイスクリームを見ていた。どうやらこのアイス目当てでここへ来たらしい。きんきらのまあるい頭をした子どもの目には薄っすら涙が溜まっている。けれどアイスを手に入れたゾロにはそんなことまったく関係ないのだ。お金だって払ったし、なにより先に手にしたのは自分なのだから。
「あぁ、ゼフさん、いらっしゃい」
 大人が話をはじめたところでゾロは店から出た。店の横にある大きな石段に腰かけ、夏季限定と書かれてるパッケージを見る。ゾロにはまだ漢字が難しくて夏(なつ)しか読めないのだが、くいなが夏にしか食べられないのよと教えてくれたから、なくなる前にいっぱい食べようと思っていた。先ほどの店主の言葉を思い出せば、これが最後なのかと感慨深い気持ちになる。
「おい、おまえっ」
 そんなことをうだうだと考えていたゾロの目の前に、先ほどのきんきらの子どもが現れた。
「それ、ゆずってくれ」
 きんきらの子どもは遠慮無しに言う。なに言ってんだこいつと、ゾロは不機嫌な表情を作った。ゾロの友だちや同級生は、ゾロが不機嫌そうな顔になると大抵気圧されるものだったが、きんきらの子どもはどうしてもアイスが欲しいのかそんなの気にならない様子だ。
「おれ、それすきなんだ」
「おれだってすきだ。おれがさきに買ったのに、なんでてめェにやらなきゃなんねーんだ」
 返された正論に、きんきらの子どもはうっと口を尖らせる。だって、と、下唇を噛んで悔しそうな表情。黙ったまま、またしても目に涙が溜まっていった。
「なんだよ、泣いてもやらねェぞ」
 こっちはなにも悪くないのに、その涙を見ていたらひどく落ち着かない気分になった。だからと言ってはなんだが、誤魔化すための怒りは相手に向かう。
「泣けばすむと思ってんのか。女といっしょだな、おまえ」
 自分にしてはこのうえなく辛らつな言葉で、同時にしまったとも思った。泣きそうな相手にこんな風に言ったら本当に泣いて面倒くさいことになるんじゃないかと、こんなことならさっさと家に持って帰ってしまえばよかったと思った。子どもらしからぬ舌打ちをして、ゾロは相手の出方を伺う。しかし憂慮していた"泣かれる"行為には至らず、それどころかこちらを睨みつける目があった。
「それは、女の子へのボウトクだ!」
「あ?」
 ピッと指差し、ゾロには分からない単語を向ける。
「おれだって、わかってる、そのアイスはおまえのもんだって。だから、おれがわがまま言ってるの、わかってるんだ。でも、女の子はおれみたいなずるいことも、わがままもしないし、してもかわいいからいいんだ」
 威勢が良かったのは最初だけで、段々と語尾が強みを失っていく。
 こいつはこいつで、自分の言ってることがわがままなんだという自覚はあったのだ。そう思うと、ボウトクだのなんだの意味のわからないことを言ってても、ただ自分と同じでこのアイスが好きなだけなんだという単純なことに気づく。
「じじいのてつだいして、やっと、30円もらったのに‥」
 ちゃりりと音を立て、右のポケットから10円玉を6枚。小さな手の平に乗せられたそれを、ゾロは覗き見ることはなかった。けれど自分と同じだということはもうわかっていたから、ただ少しタッチの差があっただけだとわかっていたから、アイスの封を切って立ち上がる。そしてきんきらのそばまで行くと、おまえもこれすきなんだなと仏頂面で言った。きんきらは一瞬キョトンとゾロを見て、浮かんだ涙をぐしぐしと袖口で拭ってから何度も何度も頷く。
「もう、これさいごだってよ」
「さっき聞いた。だからおれ、どうしても食いたくて」
「ちょっとだけだぞ」
「え」
 もう一度ゾロは、ちょっとだけだぞと繰り返した。むき出しになったアイスをきんきらに差し出す。きんきらは、ぽかんと口を開けたまま、あーだの、うーだのと言葉にならない声を発してゾロを見た。視線の先がアイスではなく自分だと気づいたゾロは首をかしげる
「いらねェのか」
「い、いるっ」
 しかしそれでもきんきらはそれを食べることはせず、居心地の悪い表情で口を尖らせていた。カチリとゾロと視線を合わせると、あひるのようなその口を開いて、ごめんなと小さく言う。それに対してどうしたもんかと、ゾロは駄菓子屋の入り口を見て、きんきらの保護者がまだ店内にいるのを確認してから腕を掴んだ。そのまま座っていた石段の方へ引っ張ると、アイスを一口食べてきんきらに渡す。とすんと腰を下ろし、相手が座るのを待った。きんきらは倣うように腰を下ろし、受け取ったアイスを一口食べてからゾロに返す。
「おまえ、なんてゆーの?」
「ゾロ」
「ゾロかー」
 足をぶらぶらと揺らし、変な名前だなーと失礼なこと言いながら、それでも先ほどまで見えていた泣き顔はもうなくなっていた。
「おれサンジってんだ。ありがとな、ゾロ」
 それどころかすごく嬉しそうな笑顔を見せるもんだから、ゾロはアイスを全部渡したいような、ちょっと奇妙な気持ちになる。けれどそんなに急に手のひら返すようなやり方も癪だから、おまえ見たことねェけど何年生だよと、とりあえず無難な話からはじめた。







バトル要素が小さな小競り合いということで勘弁して下さい。あ、あとゾロが空腹だったのかどうかはごにょごにょ‥。小さい子を書くのが好きみたいです。